南北戦争におけるヴァージニアの役割について

南北戦争と言えば、奴隷制に肯定的だった南部と奴隷制を否定していた北部が戦ったものになります。

南部はアメリカ連合国としてアメリカ合衆国からの脱退を宣言し、その争いは徐々に大きくなっていきました。

それならばこの南北戦争はヴァージニア州にどのような影響を与えたのでしょうか。

ここでは南北戦争におけるヴァージニア州の役割について解説します。

南部としての独立

ヴァージニアはリッチモンドに州都を置く州であり、アメリカが独立したときの13州の1つです。

南北戦争においては南部連邦に属し、激戦地になりました。

もともとヴァージニアは真っ先に合衆国から脱退したわけではありません。

1861年2月4日、南部の6つの州がアメリカ連合国を形成し、その後2月13日にヴァージニア州は脱退を検討し始めました。

最終的に2ヶ月近くの期間を要し、4月17日、ヴァージニア州は脱退を決議したのです。

これにより、もともとアラバマのモンゴメリーに連合国の首都が置かれていましたが、ヴァージニア州が加わったことにより首都がヴァージニア州のリッチモンドに移されました。

南北戦争の最初の戦い

南北戦争における最初の大きな戦いは1861年7月21日、ヴァージニア州で起こったのです。

もともとリッチモンドに首都が映されたと、州議会議事堂から少し離れたところに連合国のホワイトハウスがありました。

そこに連合国の暫定大統領となったジェファーソン・デイビスが住むことになったのです。

ジェファーソンデイビスはアメリカの軍人、そして政治家であり、もともとはミシシッピ州の議員を務め、アメリカ合衆国の陸軍長官も務めていました。

歴史的にはアメリカ連合国の大統領として知られることが多いです。

合衆国への復帰

そんなアメリカ連合国は1865年、敗北への道を進みます。

リッチモンドは撤退してくる南軍によって破壊されてしまい、とうとう北軍に支配されることとなりました。

ヴァージニア州は南北戦争が終わった後の債権機に置いて第一軍事地区として管理されるようになり、1870年1月26日に正式に合衆国へと復帰したのです。

また、ヴァージニア州は南部に属していましたが、ヴァージニア州西部だけは北部に残りました。

その後ヴァージニア州西部はウェストヴァージニアとして違う州となります。

まとめ

いかがでしょうか。

ヴァージニア州と言えば1番最初の13の植民地の中に組み込まれている州として有名ですよね。

リッチモンドは有名な観光地でもありますから、行ったことがあるという人もいるのではないでしょうか。

そんなヴァージニア州は南北戦争における激戦地だったのです。

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする