奴隷解放宣言が出された背景について

奴隷解放宣言が出された背景にはどのようなものがあるのでしょうか。

南北戦争の時、リンカーンが大統領として就任していました。

リンカーンはもともと奴隷制に反対の立場をとっていた人物でしたから、人道的な意味合いを含めてこの奴隷解放宣言が出されたと思う人も多いかもしれませんね。

そしてそれは間違いではありません。

しかしそれだけが背景では無いのです。

ここでは奴隷解放宣言が出された背景について解説します。

南北戦争の勃発

南北戦争が起こったとき、アメリカの南部は綿花プランテーションで成り立っており、北部は商工業によって成り立っていました。

南部は奴隷制の存続を願い、北部は奴隷制の廃止を目指していたのです。

さらに南部は綿花を輸出するために自由貿易を求めており、南部は産業革命を経験して工業に力を入れているイギリスからの商品に対抗するため保護貿易を求めていました。

このような考え方の違いからアメリカ合衆国はなかなか1つにまとまらず、アメリカの南部がアメリカ連合国として独立しようとしたのです。

これによって南北戦争が起こりました。つまり、南北戦争が起こった理由は奴隷制をどうするかということだけではなかったのです。

南部が優勢

映画「風と共に去りぬ」を知っているでしょうか。

スカーレットの家は南部にあり、奴隷によるプランテーションを有することでまるで貴族のような生活をしていたのです。

プランテーション農園は力をつけており、この綿花を求めてアメリカ南部の味方をする効果もたくさんありました。

それにより北部は南北戦争に負けそうな状態になってしまったのです。

そこでリンカーン大統領は1863年1月1日、南北戦争の最中に奴隷解放宣言を出すことに決めました。

政治的な背景

奴隷解放宣言が出された背景には政治的な意図があります。

北部が負けそうだったため、リンカーン大統領は奴隷解放宣言を出すことにより、南北戦争の大義名分は南部の独立を妨げるものではなく、奴隷制の廃止を目指すものであるということを明確にしたのです。

つまり、南北戦争の目的が奴隷制の廃止であれば、アメリカの南部を応援するという事は奴隷制の存続を認めるということになってしまうのです。

例えばイギリスなどはすでに奴隷制を廃止していましたから、奴隷制の存続を希望するアメリカ南部を応援するという事は人道的な意思に反しました。

このような理由によりアメリカの南部を支援することができず、アメリカ南部は孤立していったのです。

そしてアメリカ北部が勝利を収めることになったのです。

まとめ

いかがでしょうか。

奴隷解放宣言が出された背景にはこのような政治的なものがありました。

確かにリンカーンは奴隷制に反対していましたが、奴隷解放宣言そのものの目的は人道的なものではなく、政治的なものだったのです。

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