奴隷解放宣言を出した結果とは

アメリカ合衆国第16代大統領リンカーンは、南北戦争の時に大統領に就任していた人物であり、奴隷解放宣言を出した人物としても知られていますよね。

しかし、奴隷解放宣言を出したにもかかわらず黒人差別の問題は今なお続いており、この奴隷解放宣言を出したからといってすぐに黒人奴隷がいなくなったわけでもないのです。

それならば奴隷解放宣言を出した結果とは一体どのようなものなのでしょうか。

ここでは奴隷解放宣言を出した結果について解説します。

奴隷が解放された

いうまでもなく、奴隷解放宣言というものはアメリカ南部でまだ奴隷を容認していた州に向けて出されたものでした。

そのため、確かに奴隷解放宣言が出された結果としてそのような奴隷たちが奴隷主の下から解放されたといえます。

もちろん奴隷解放宣言が出されたといってもすぐにその宣言がアメリカ南部の州に置いて批准されたわけではなく、若干の時間がかかりました。

しかし、この奴隷解放宣言が出された後、少なからずアメリカの南部は奴隷たちを解放するようになったのです。

南北戦争でアメリカ北部が勝利した

奴隷解放宣言が出された背景には政治的意図がありました。

確かに人道的に奴隷を解放したいという意図もありましたが、それ以外に戦争に勝つために重要だったのです。

南北戦争の大義名分はもともとアメリカの分裂を防ぐということでした。

しかし奴隷解放宣言を出して南北戦争の大義名分は奴隷を解放することにし、南北戦争を国際的なものにすることにより、すでに奴隷制を廃止しているヨーロッパ諸国が奴隷制の存続を望んでいるアメリカ南部の味方をできないようにしたのです。

もともとイギリスなどは奴隷制をすでに廃止していましたから、そんなイギリスが綿花プランテーション農園の綿花を求めてアメリカ南部の見方をしてしまえば人道的に矛盾が生じてしまいますよね。

だからこそ、アメリカ北部に勝利をもたらせるため、奴隷解放宣言を出したとも言えるのです。

奴隷解放の父、リンカーン

同時に奴隷解放宣言を出したことによってリンカーンは奴隷解放の父として慕われるようになりました。

もともとリンカーンは奴隷制度に反対の意思を示していましたが、だからといって絶対に奴隷制はいけないと考えていたわけではありません。

必要に応じてやむなしという考え方を持っていたのです。

確かに奴隷制に反対しているリンカーンが大統領になったことにより、アメリカ南部はアメリカ連合国としての独立の意識を高めるようになりましたが、実際にそのリンカーンが奴隷制を廃止したことにより、リンカーンは奴隷たち、黒人たちから慕われる結果となったのです。

まとめ

いかがでしょうか。

奴隷解放宣言は様々な結果をもたらしました。

まだまだ黒人たちが市民権を得るには時間がかかりますが、平等な社会への第一歩となったと言えるのです。

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