湾岸戦争と中東戦争はどのように違うのでしょうか。
また、違うのであれば湾岸戦争と中東戦争はどのように関わってくるのでしょうか。
冷戦が起こっている最中も世界では様々な戦争が行われていました。
その1つが中東戦争です。
そして湾岸戦争は冷戦が終わった後に起こった戦争です。
それならば湾岸戦争と中東戦争はどのような関わりを持っているのでしょうか。
ここではこれらの戦争の関わりについて解説します。
中東戦争について
中東戦争というのは1948年から1973年までに起こっていたユダヤ人国家のイスラエルとその周りにあるアラブ国家の戦争を指します。
1948年から1973年といってもこの中で4回大きな戦争が起こり、それぞれ第1回から第4回に分けられています。
アメリカ、イギリス、フランスがイスラエルの味方をし、ソ連がアラブ国家の味方をしていました。
武器の支援も行っていたため、この中東戦争は代理戦争といった意味合いも含んでいます。
最初はイスラエルの支援を行っていたイギリスとフランスは第3回中東戦争からアラブ側に回り、中国もイラン革命の後からアラブ側に回ります。
このように中東戦争は世界を巻き込んで発展していくことになったのです。
湾岸戦争は中東戦争の名残
1990年に起こった湾岸戦争は実は中東戦争の名残といえます。
4回目の中東戦争は1973年に起こりました。
そしてその翌年、イラクとクルド人の間で戦争が起こったのです。
この時イラクを率いた人物がサダムフセインでした。
1979年、フセインはイラクの大統領になり、今度はイランとイラクの間を流れている川の利権をめぐってイランイラク戦争が起こったのです。
この戦争は意外に長く続いてしまい、イラクはだんだん経済的に低迷していきます。
この川の利権をめぐる争いはもっと昔から存在していましたが、これが表面化することによってイランとイラクの国際関係は悪化し、さらにもともとイランを支援していたアメリカはイスラム過激派の拡大を恐れ、イラクを支援するようになったのです。
経済復興を目指した湾岸戦争
イランイラク戦争によって経済的に低迷してしまったイラクは何とか経済を立て直そうと考えます。
そこで彼らが目をつけたものこそ、経済の9割を占めている石油でした。
しかし隣の国であるクウェートがOPECの規定を破り、石油を安く大量に輸出してしまったことにより、イラクはさらなる打撃を受けることだったのです。
そしてクウェートがイラクとの国境の間にある油田の開発を始めたことにより、イラクはクウェートを侵攻することに決めました。
しかし、そこに国連が多国籍軍を派遣したことによって湾岸戦争が起こったのです。
まとめ
いかがでしょうか。
湾岸戦争は確かに中東戦争に関係しており、中東戦争の延長線上にある戦争だと言っても良いでしょう。
そしてこの湾岸戦争は2003年のイラク戦争へと続いていくのです。